[ロンドン 19日 ロイター BREAKINGVIEWS] - メキシコは、生産拠点を最終消費地に近いところに移転させる「ニアショアリング」を検討している多国籍企業にとって、最適地と目される場所の一つだ。しかし、コスト増やインフラの不備、政治的な不透明感のため、期待されたようなニアショアリングの活発化と、それらがもたらす経済効果は、まだ現実化していない。
ニアショアリングという考え方が注目を浴びるようになったのは、新型コロナウイルスのパンデミックの時期。急を要する感染対策のために世界的なサプライチェーン(供給網)はほとんど動きが止まり、企業経営者たちは顧客により近い生産拠点への投資を話題にし始めた。
パンデミックは、2018年に米国が中国に対して制裁関税を発動したことで一気に広がった国際貿易を巡る不安を一層強めた形だ。
さらに最近では、ロシアのウクライナ侵攻や米中関係の一段の緊張などもあり、世界中の企業にとってニアショアリングは、より優先度の高い経営戦略になっている。
こうした中で表面的に見れば、メキシコは多国籍企業が求めるニアショアリングの多くの要件を備えている。まず、米国と陸地でつながっているし、北米の通商協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」に基づく関税免除の恩恵が受けられる。
欧州とアジアの両側の海上からアクセス可能な点は、スエズ運河とパナマ運河という主要貿易ルートを悩ませている地政学的な問題や気候変動に絡む災害に対する脆弱性が相対的に低いことも意味する。
メキシコが過去数年間で、世界貿易のより中心的な存在になったことは間違いない。22年の米国のメキシコからの輸入額は4550億ドルと、前年比で19%近く、12年比では64%増加した。
同時に最近の研究論文によると、メキシコの輸入に占める中国の比率は1994年の1%から22年には20%まで高まっており、貿易摩擦をすり抜けて取引をしたいという中国の熱意が読み取れる。
こうした流れが続けば、ニアショアリングの経済効果がメキシコを一変させてもおかしくない。デロイトの試算に基づくと、新規の製造拠点が次々にやってくればメキシコの国内総生産(GDP)成長率は5年間で3%上乗せされ、100万人を超える雇用が創出される可能性がある。
ロペスオブラドール大統領も、このニアショアリングの流れに乗ろうとしている。例えば、昨年10月には国際的な電気自動車(EV)メーカーがメキシコに投資すれば、86%の税控除を受けられると発表した。
だが、現実にはメキシコはまだ、ニアショアリングのメリットを享受していない。外国からの直接投資は過去10年間の大半の期間で、GDP比3%前後の水準を維持しているが、デロイトによるとニアショアリングによって自社製品への需要が高まると報告しているメキシコに拠点を置く企業は数えるほどしかない。
メキシコが持つとみられる優位性は急速になくなりつつあるだけに、これは懸念される。
逆風の一つは、工業用地の需要殺到が、既に増大しているコストをさらに押し上げていることだ。メキシコの建設業界団体によると、セメントと補強鋼の価格は21年末から22年半ばまでに最大で25%も跳ね上がった。ヌエボレオン州サンタカタリナでは、テスラが昨年3月に工場建設を発表して以来、地価が25%上昇した。
人件費も切り上がっている。今年1月に北部国境近くの経済特区の最低賃金は20%上がって22ドル弱、他の地域でも14.50ドルとなった。メキシコペソ高も現地のコスト増大につながっている。メキシコ政府にとって危険なのは、これらの要素がすぐに企業活動を妨げかねないことだ。
インフラ整備に向けた課題は山積し、投資誘致競争でメキシコの立場をより厳しくしている。その結果として、メキシコGDPに占める製造業の割合は昨年前半で21%と、パンデミック以前の20%からほとんど上昇していない。
また、メキシコの麻薬密売組織が治安を悪化させ、働き手にリスクとなるほか、保険料も増大させている。
一方で、メキシコ進出を素早く発表した各企業は、その後なかなか実際の行動に移そうとしていない。テスラはまだヌエボレオンの工場建設に着手しておらず、イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は昨年10月、高金利や世界経済の状況が気がかりなため、メキシコに全面的な投資をする態勢が整っていないと明かした。他の4社もメキシコに新たな製造拠点を計画しながらも、実際には構築していない。
メキシコ以外のニアショアリング候補地も、状況は同じだ。ベトナム、カナダ、ドイツ、インドはいずれも企業のサプライチェーン再編に伴って国内製造業が劇的に拡大すると期待されているが、実現までには時間がかかりそうだ。
企業はサプライチェーンの「リスク低減」を話題にして株主を安心させたがるものの、いざ新工場建設を実行する段になれば、コストや物流の問題を理由に迅速な動きにならないケースが少なくない。
そして、11月の米大統領選で共和党候補になりそうなトランプ前大統領が当選すれば、外国からの輸入製品を抑える措置を講じるだろう。最近では、大統領に復帰した場合、メキシコで生産された中国車には100%の関税を適用すると約束している。
もっとも、少なくともメキシコにおいては、事態が良い方向に転じる可能性はある。
左派のロペスオブラドール政権は、税制優遇措置を提示しているにもかかわらず、外国企業全般からの人気が乏しい。
ところが、6月の大統領選で再選が認められていないロペスオブラドール氏の後継候補、与党・国家再生運動(MORENA)のクラウディア・シェインバウム前メキシコ市市長は現時点で最も優位に立ち、民間資本活用に関してはロペスオブラドール氏よりも現実的な対応ができると見込まれている。
メキシコが多国籍企業に信頼できるパートナーだと安心してもらえることができなければ、ニアショアリングによる好景気は絵に描いた餅に終わってしまうだろう。
●背景となるニュース
*メキシコ政府は、企業のニアショアリングによって国内総生産(GDP)成長率が最大1.2ポイント押し上げられると想定している。
*メキシコに対する2023年前半の外国からの直接投資額は約290億ドルで、前年同期比5.6%増加。その半分以上は工業セクターだった。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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コラム:「ニアショアリング」で注目のメキシコ、利益享受に高い壁 - ロイター (Reuters Japan)
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